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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)34号 判決 1997年8月08日

原告

株式会社伊場仙

右代表者代表取締役

吉田誠男

右訴訟代理人弁護士

三木昌樹

湊弘美

右訴訟復代理人弁護士

石田英治

被告

日本橋税務署長

山内喜久夫

右指定代理人

戸谷博子

外三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して平成五年一二月二七日付けでした、平成四年三月一日から平成五年二月二八日までの課税期間の消費税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、扇子、カレンダーの製造販売等を営む株式会社である。

2  原告は、平成四年三月一日から平成五年二月二八日までの課税期間(以下「本件課税期間」という。)の消費税の確定申告書(以下「本件確定申告書」という。)に別表一「確定申告」欄のとおり記載して法定申告期限までに申告した(以下「本件申告」という。)。

被告は、本件申告に対し、平成五年一二月二七日付けで、別表一「更正賦課決定」欄のとおり更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税等の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。

3  原告は、平成六年一月二四日、本件更正処分及び本件賦課決定処分を不服として、被告に対し、異議申立てをしたところ、被告は、同年四月二〇日付けでこれを棄却した。

さらに、原告は、平成六年五月一八日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、同所長は、平成七年一一月二一日付けでこれを棄却した。

4(一)  原告は、その所有する別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)について、別表二記載のとおり、賃借人である富永物産株式会社ほか七名(以下「賃借人ら」という。)に対し立退料として合計三億三五〇九万九八〇〇円(以下「本件立退料」という。)を支払い、賃借人らから本件建物の明渡しを受けた。

(二)  本件更正処分及び本件賦課決定処分には、右立退料三億三五〇九万九八〇〇円に係る消費税相当額九七六万〇一六五円(平成六年法律第一〇九号による改正前の消費税法(以下「改正前の消費税法」という。)三〇条一項によって計算したもの)を「課税仕入れに係る消費税額」(同法三〇条一項。以下「控除対象仕入税額」という。)として控除しない点において、消費税法の解釈適用を誤った違法がある。

5  よって、原告は、本件更正処分及び本件賦課決定処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2及び3の各事実は認める。

3  同4の(一)の事実は認め、同(二)の主張は争う。

三  抗弁

1  本件更正処分の根拠

(一) 課税標準額(三パーセントの税率が適用されるもの)

三億二四五六万八〇〇〇円

右金額は、原告が平成五年四月二一日付けで被告に提出した本件課税期間の消費税に係る本件確定申告書に記載された課税標準額である。

(二) 課税標準額に対する消費税額 九七三万七〇四〇円

右金額は、前記(一)の課税標準額(三パーセントの税率が適用されるもの)三億二四五六万八〇〇〇円に消費税三パーセント(改正前の消費税法二九条)を乗じて得られる金額である。

(三) 控除対象仕入税額

八六五二万二七三五円

右金額は、本件確定申告書において原告が計上した控除対象仕入税額九六二八万二九〇〇円から、原告が支払った本件立退料に係る消費税相当額九七六万〇一六五円(なお、右金額は、本件立退料三億三五〇九万九八〇〇円につき、国税通則法一一八条一項の規定を適用して端数処理を行った後の金額三億三五〇九万九〇〇〇円を基に改正前の消費税法三〇条一項の規定により一〇三分の三を乗じたものと推測される。)を減算した金額である。

(四) 控除不足還付税額

七六七八万五六九五円

右金額は、前記(三)の金額(八六五二万二七三五円)から前記(二)の金額(九七三万七〇四〇円)を控除した金額である。

2  本件更正処分の適法性

本件更正処分による控除不足還付税額は、別表一「更正賦課決定」欄記載のとおりであるところ、右1(四)記載の金額と同額であるから、本件更正処分は適法である。

3  本件賦課決定処分の根拠及び適法性

本件に係る過少申告加算税の金額は、国税通則法三五条二項の規定に基づいて、本件更正処分により納付すべきこととなった消費税額九七六万〇一〇〇円(本件確定申告書に係る控除不足還付税額八六五四万五八六〇円から本件更正処分に係る控除不足還付税額七六七八万五六九五円を差し引いた金額。ただし、国税通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後の金額)を基に、①同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後の金額九七六万円に一〇〇分の一〇(国税通則法六五条一項)を乗じて得た金額九七万六〇〇〇円に、②右九七六万円から五〇万円を控除(国税通則法六五条一項)した金額九二六万円(国税通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に一〇〇分の五(国税通則法六五条二項)を乗じて得た金額四六万三〇〇〇円を加算すると、一四三万九〇〇〇円となる。

右金額は、別表一「更正賦課決定」欄中の「過少申告加算税」欄に記載した過少申告加算税の賦課決定の金額と同額であるから、本件賦課決定処分は適法である。

4  本件立退料の支払により賃借権を消滅させる行為が課税仕入れに該当せず、本件立退料に係る消費税相当額が控除対象仕入税額とならないことについて

(一) 原告が本件建物の賃借人らに支払った本件立退料の支払に関する合意内容は、両者間の覚書によれば、賃借人らは、原告の賃貸借契約の解除の申入れに合意し、原告は賃借人らに対し、平成元年一〇月から平成二年六月までの間に、賃借人らに賃貸していた建物の明け渡しに伴う費用を支払い、賃借人らは指定の期日までに原告に対し賃借している本件建物を明け渡し、返還するというものである。

(二) 消費税法二条一項一二号によれば、「仕入れに係る消費税の控除」の対象となる課税仕入れとは、「事業者が、事業として他の者から資産を譲り受け、若しくは借り受け、又は役務の提供を受けること(当該他の者が事業として当該資産を譲り渡し、若しくは貸し付け、又は当該役務の提供をしたとした場合に課税資産の譲渡等になるもので、七条一項各号に掲げる資産の譲渡等に該当するもの及び八条一項その他の法律又は条約の規定により消費税が免除されるもの以外のものに限る。)をいう。」と規定されている。

右の「課税資産の譲渡等」とは、資産の譲渡のうち、同法六条一項の規定により消費税を課さないこととされているもの以外のものをいい(同法二条一項九号)、また、「資産の譲渡等」とは、事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供をいうものとされている(同法二条一項八号)。

(三)(1) ところで、消費税法二条一項八号に規定する「資産の譲渡等」とは、資産につきその同一性を保持しつつ、他に移転することをいい、資産の消滅の場合は含まないものと解される。その理由は、次に述べるとおりである。

すなわち、現行の消費税は、附加価値税の性質をもつ多段階一般消費税である。いわゆる講学上の附加価値税とは、各取引段階の附加価値を課税標準として課される一般消費税である。この場合の附加価値とは、原材料の製造から製品の小売りまでの各段階において事業が国民経済に新たに附加した価値のことをいう。したがって、各取引段階において価値が附加された場合は課税の問題が生じるが、価値が附加されない場合は理論上は課税の問題は生じないこととなる。

これを国内取引に限定して検討すると、資産が譲渡された場合は、価値が附加され得るから、課税の問題が生じるが、資産が消滅した場合は、消滅により新たな価値が発生すること(附加価値)はなく、課税の問題は理論上は生じないのである。

右の消費税の課税趣旨からして、消費税法上の「資産の譲渡」の概念に資産の消滅の場合が含まれないと解すべきことは明らかである。

(2) 本件においては、賃借人らの賃借権は、建物賃貸借契約の合意解除によって消滅したものであり、本件立退料の支払を伴う右賃借権の消滅をもって、「資産の譲渡等」に該当するということはできず、したがって、本件立退料に係る消費税相当額は、控除対象仕入税額とはならない。

(3) 原告は、原告と本件建物の賃借人らとの間では借家権の売買がなされたのであり、本件立退料はその対価であると主張しているが、右主張は、次に述べるとおり理由がない。

すなわち、一般に、建物等の賃借人が賃貸借の目的とされている建物等の契約の解除に伴い賃貸人から収受する立退料は、①通常予想される期間まで当該家屋を使用できないことから生ずる損失の補填、つまり、現在と同程度の住宅等を借りる際の権利金等、新たに支払われるべき敷金等との差額及び新旧借家の家賃差額の補填という性格、②営業家屋については、移転に伴う損失、すなわち、移転期間中の無収入、新しい土地で従来と同程度の顧客を得るまでの損失などの補償という性格、③その他引っ越し費用等の補填という性格等、補償という性格を有するものである。

本件立退料は、原告と賃借人らが本件建物の賃貸借契約を合意解除したことに伴い、原告が賃借人らに対し、立ち退きや移転によって生ずる損失の補償等として支払ったものであり、一般の立退料と性格を異にするものではなく、本件において、原告と賃借人らとの間で本件建物の借家権の売買がされ、右立退料がその対価として支払われたものと認めることはできない。

(四) 次の観点からしても、本件立退料の支払に係る消費税相当額は控除対象仕入税額とはならないものというべきである。

(1) 間接消費税とは、最終的な消費行為よりも前の段階で物品やサービスに対する課税が行われ、その税負担が物品やサービスのコストに含められて最終的に消費者に転嫁することが予定されている租税のことである。

消費税法は、間接消費税として一定の要件のもとに消費税を課税するものとし、複数の取引段階で課税する多段階一般消費税の制度をとった上、税負担の累積を防止するため、附加価値税の制度をとり、右累積の防止を実現するための税額算定の方法として「仕入れに係る消費税額の控除」の仕組みを採用した(改正前の消費税法三〇条)。

すなわち、売上金額を課税標準とする取引高税の制度のもとでは、事業者は、仕入れの際、税抜きの販売価格に税額を附加した対価を仕入れ価格として支払っており、売上げの際には仕入れ価格に利益等を加えた税抜きの売値に税額を附加して売値を決定することになるので、売上の相手方は、累積した税額が附加された対価を支払うことになり、取引の段階が進むに連れ、税負担が累積することになる。消費税法が採用している附加価値税制度における「仕入れに係る消費税額の控除」仕組みは、事業者が、国内において課税仕入れを行った場合には、当該課税仕入れを行った日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額から、当該課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額を控除することによって、取引が最終消費者に向けて順次進むに従って税負担が累積することを防止しようとするものである。

(2) 本件では、本件賃貸借契約が合意解除によって終了するとしても、あるいは本件立退料を支払って原告が借家権を買い取ることにより借家権が混同で消滅するとしても、いずれにせよ、借家権は消滅するのであるから、本件立退料の支払に係る取引の次の段階の取引を観念することはできず、税負担の累積という現象は生じる余地が全くないので、本件立退料の支払に係る消費税相当額は、控除対象仕入税額とはならない。

(五) 借家人が賃貸借の目的とされている家屋の立ち退きに際し受けるいわゆる立退料については、消費税課税と譲渡所得課税とでは違う取扱いがされているが、その理由は、次のとおりである。

すなわち、本来、資産の「譲渡」とは、権利、財産、法律上の地位等を同一性を保持しつつ、他人に移転することをいうものであり、消費税法上は、前記(二)(1)に述べたような理由から譲渡の意味を本来の意味に解し、資産につき同一性を保持しつつ、他人に移転するという事実がない以上、、資産の譲渡があったものとはみず、消費税の課税の対象としない取扱いをしている。

これに対し、所得税法における「譲渡所得」は、キャピタル・ゲインを所得としてとらえて課税するものであるところ、資産の消滅であっても、その代償たる経済的利得ないし成果が資産の譲渡による所得と異ならないものについては、譲渡所得の範ちゅうに取り入れて課税対象に取り込むべき必要性が高いことから、所得税法施行令九五条は、「譲渡」の概念を一般よりも拡張し、資産の消滅を伴う事業でその消滅に対する補償を約して行うものの遂行により譲渡所得の基因となるべき資産が消滅をしたことに伴い、その消滅につき一時に受ける補償金その他これに類するものの額は、譲渡所得にかかる収入金額とする旨定めているのである。

右のとおり、右立退料についての所得税課税と譲渡所得課税とでの取扱いの違いは、消費税と譲渡所得税の趣旨、性格の違いに基因するものであり、何ら矛盾するものではない。

(六) 以上のとおりであるから、本件立退料に係る消費税相当額を控除対象仕入税額(改正前の消費税法三〇条一項)とすることはできない。

四  抗弁に対する認否及び原告の反論

(認否)

1 抗弁1の(一)、(二)の各事実は認め、抗弁1のうちその余は争う。

2 同2、3は争う。

3 同4の(一)の事実は認め、同4の主張はいずれも争う。

(原告の反論)

1 原告は、本件建物を立て替えるために、賃借人らに対し、それぞれの賃貸借部分の明渡しを求めたが、当初、賃借人らは自己の借家権を主張して明渡しを拒んだ。その後、交渉を重ねた結果、原告が賃借人らに対し、合計三億三五一八万一三七三円の立退料を支払うことで、賃借人らが本件建物を明け渡す旨の合意に達し、賃借人らに対しその全額を支払った。なお、本件立退料は、右立退料の一部である。

原告は、賃借人らに対して本件建物の明渡しを求める権利を何ら有していないから、立退料が右のように高額となったのであり、これは借家権の対価というほかないものである。すなわち、原告が賃借人らに対して対価を支払って借家権を買い取り、これによって、原告に移転した借家権が混同により消滅したのである。

右のとおり、事業者である原告が、事業として、本件立退料を支払って借家権という資産を譲り受けたのであるから、これは「課税仕入れに係る支払対価」というべきであって、本件立退料に係る消費税相当額を控除対象仕入税額(改正前の消費税法三〇条一項)とすべきである。

2(一) 消費税法は、税負担の公平の確保を図るため、税制改革の一環として制定されたものであるところ、税制改革法によれば、消費税は、事業者による商品の販売、役務の提供等の各段階において課税し、経済に対する中立性を確保するため、課税の累積を排除する方式によるものとする旨規定されている。すなわち、消費税は、生産・流通過程のあらゆる段階において発生する附加価値に対して広く課税されるものである。

ただ、附加価値の発生それ自体は、経済実体としてとらえることができないものであり、「資産の譲渡」たる取引行為が行われた時点において、初めてそれまで潜在化していた附加価値が顕在化し、数量的に現実に把握できるようになることから、消費税法は、右取引行為により顕在化した当該附加価値に対して課税をすることとしているものである。

したがって、消費税法上の「資産の譲渡」に該当するか否かは、資産につき、前段階の取引行為以後当該取引行為がされるまでの間に発生した附加価値を具体的数量を持って把握できるような取引行為といえるか否かによって判断すべきである。

(二) 東京都内等の都市部における建物賃貸借契約の場合、建物明渡しの際には権利金や賃料と比較して極めて高額の金銭が賃借人に対し支払われるのが通常であるところ、右金額は、営業上の損失や移転等に要する実費補償ということだけでは説明できないものであり、建物や土地の評価額自体の増加に伴う借家権自体の価格の上昇分が相当部分を占めるものとみるべきである。

そうだとすれば、東京都内等の都市部において、賃貸人と賃借人の間に右のような高額な立退料と引換に建物を明け渡すという取引がされた場合には、これによりその時点までに生じた借家権価格の上昇分である附加価値が顕在化することになる。特に、本件のような営業用の建物賃貸借においては、賃借人は営業の継続、すなわち借家権の維持のために種々の努力を積み重ねているのであるから、立退料の金額から権利金の金額を控除した額がそれまでに発生した附加価値の数量であるとみることができる。

(三) 本件立退料の支払を受けて本件建物を明け渡す取引行為は、その時点までに発生した附加価値を顕在化させるものであり、消費税法上の「資産の譲渡」に該当し、本件立退料は「課税仕入れに係る支払対価」に該当する。

なお、消費税法上、建物等の賃借人たる地位を賃貸人以外の第三者に譲渡し、その対価を立退料等として収受した場合については、この立退料は「資産の譲渡等」の対価に該当するものとして取り扱われているが、それまで潜在化していた附加価値の顕在化する取引であるかどうかという観点からすれば、右の場合と本件のように賃貸人が賃借人に対し立退料を支払って建物を明け渡してもらった場合とで消費税法上差異を設ける理由はないといわなければならない。

3 所得税法上は、「資産の譲渡」(同法三三条一項)には、「資産の消滅(価値の減少を含む。)を伴う事業でその消滅に対する補償を約して行うものの遂行により譲渡所得の基因となるべき資産が消滅したこと」が含まれる(同法施行令九五条)。それゆえ、借家人が受ける立退料のうち、対価補償の性格を有するもの(借家権消滅の対価として支払を受けるもの)については、所得税法上は「資産の譲渡」による収入として扱われている。

所得税も消費税も、ともに税法として経済実質主義の観点から解釈すべきであり、基本的には両法とも同一の用語については特別の理由がない限り同義に解すべきである。したがって、仮に本件合意によって借家権が消滅するとしても、それは消費税法上も「資産の譲渡」に当たると解すべきである。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、この記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実は弁論の全趣旨によって認められ、同2、3の各事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁1(一)及び(二)の事実、原告が賃借人らに対し別表二記載のとおり本件立退料を支払ったこと、原告と賃借人らとの間の覚書による右立退料の支払に関する合意内容が、賃借人らは、原告の賃貸借契約の解除の申入れに合意し、原告は賃借人らに対し、平成元年一〇月から平成二年六月までの間に、賃借人らに賃貸していた建物の明渡しに伴う費用を支払い、賃借人らは指定の期日までに原告に対し賃借している本件建物を明け渡し、返還するというものであることは、当事者間に争いがない。

したがって、本件の争点は、原告が賃借人らに対し支払った本件立退料に係る消費税相当額について、「仕入れに係る消費税額の控除」を定める改正前の消費税法(以下、本項では単に「消費税法」という。なお、平成六年法律第一〇九号による改正によっても、消費税法三〇条一項の趣旨等に変化はない。)三〇条一項の規定の適用があるか否かであるので、以下この点について判断する。

1(一)  消費税法三〇条一項の規定による「仕入れに係る消費税額の控除」の対象となる課税仕入れとは、「事業者が、事業として他の者から資産を譲り受け、若しくは借り受け、又は役務の提供(所得税法二八条一項(給与所得)に規定する給与等を対価とする役務の提供を除く。)を受けること(当該他の者が事業として当該資産を譲り渡し、若しくは貸し付け、又は当該役務の提供をした場合に課税資産の譲渡等に該当することとなるもので、消費税法七条一項各号に掲げる資産の譲渡等に該当するもの及び同法八条一項その他の法律又は条約の規定により消費税が免除されるもの以外のものに限る。)」をいうものと定められている(同法二条一項二号)。

そして、右「課税資産の譲渡」とは、「資産の譲渡等のうち、消費税法六条一項の規定により消費税を課さないこととされるもの以外のもの」をいい(同法二条一項九号)、また、「資産の譲渡等」とは、「事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(代物弁済による資産の譲渡その他対価を得て行われる資産の譲渡若しくは貸付け又は役務の提供に類する行為として政令で定めるものを含む。)」をいうものとされている(同法二条一項八号)。

(二)  ところで、消費税法は、消費税を、最終的な消費行為よりも前の各取引段階で物品やサービスに対する課税が行われ、税負担が物品やサービスのコストに含められて最終的に消費者に転嫁することが予定されている間接消費税として位置づけ、複数の取引段階で課税する多段階消費税の制度をとった上、税負担の累積を防止するため、各取引段階で移転、付与される附加価値を課税標準として課税する附加価値税の制度をとり、右累積の防止を実現するための税額算定の方法として「仕入れに係る消費税額の控除」の規定を設けている(消費税法三〇条一項)。

すなわち、売上金額を課税標準とする取引高税制度のもとでは、事業者は、仕入の際、税抜きの販売価格に税額を附加した対価を仕入れ価格として支払っており、売上げの際には仕入れ価格に利益等を加えた税抜きの売値に税額を附加して売値を決定することになるので、売上げの相手方は、累積した税額が附加された対価を支払うことになり、取引の段階が進むに連れ、税負担が累積することになる。そこで、消費税法は、附加価値税制度を採用した上、その一環をなすものとして「仕入れに係る消費税額の控除」の規定を設け、事業者が、国内において課税仕入れを行った場合には、当該課税仕入れを行った日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額から、当該課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税相当額を控除することによって、取引段階の進展に伴って税負担が累積することを防止することとしているのである。

2  前述したとおり、消費税は、最終的な消費行為よりも前の段階で物品やサービスに対する課税が行われ、税負担が物品やサービスのコストに含められて最終的に消費者に転嫁することが予定されている間接消費税であり、しかも、各取引段階において移転、付与される附加価値に着目して課される附加価値税の性質を有する多段階一般消費税であって、各取引において附加価値の移転等がある場合は課税の問題が生じるが、附加価値の移転等が生じない場合は理論上は課税の問題は生じないものである。これを国内取引のうちの資産の譲渡についてみるに、本来、資産の譲渡とは、権利、財産、法律上の地位等を同一性を保持しつつ、他人に移転することをいうものであるところ、消費税法は、右の資産の譲渡により譲渡人のもとで生じた附加価値が移転するのをとらえ、消費税の課税の対象としているのである。これに対し、単に権利等の資産が消滅する場合には、当該資産を有する者のもとで発生した附加価値が移転すると観念することはできない。また、仮に資産の消滅が「資産の譲渡」に該当するものとすれば、その見返りとして支払われた補償金等を課税仕入れに係る支払対価と解する余地が生ずるが、単に資産が消滅したというような場合には、その次の段階の取引というものを観念することができず、税負担の累積という現象が生じる余地がないのであって、このような場合に、附加価値税制度の一環をなす「仕入れに係る消費税額の控除」(消費税法三〇条一項)の規定を適用するのは、前述1で述べた右規定の趣旨に沿わないものである。

したがって、「資産の譲渡」(消費税法二条一項八号)とは、資産につきその同一性を保持しつつ他人に移転することをいい、単に資産が消滅したという場合はこれに含まれないものと解するのが相当である。これと同旨の消費税法取扱通達(間消一―六三。平成八年三月三一日廃止)五―二―一及び消費税法基本通達(課消二―二五(例規)、課所六―一三、課法三―一七、徴管二―七〇、査調四―三。同年四月一日以降の取扱を定めるもの)五―二―一はいずれも合理性を有するものということができる。

3  ところで、建物の賃貸借契約を合意解除する場合には、権利金等の金額と比較して高額の立退料が支払われることが多い。一般に、建物等の賃借人が賃貸借の目的とされている建物の契約の解除に伴い賃貸人から収受する立退料は、①通常予想される期間まで当該家屋を使用できないことから生ずる損失の補填、つまり、現在と同程度の住宅等を借りる際の権利金等、従前の敷金等と新たに支払われるべき敷金等との差額、新旧借家の家賃差額の補填という性格、②営業用家屋については、移転に伴う損失、すなわち、移転期間中の無収入、新しい土地で従来と同程度の顧客を得るまでの損失などの補償という性格、③その他引っ越し費用等の補填という性格など、補償という性格を有しているが、都市部の建物の賃貸借等では、賃借人に借家権なるものが発生していると観念し、賃貸借を合意解除する際に借家権の対価としての性格を有する金員が立退料という形で支払われる場合がある。

証拠(乙一の1ないし8)及び弁論の全趣旨によれば、原告が、賃借人らとの間で本件建物の明渡し交渉を行ったこと、その結果、本件賃貸借契約を合意解除し、原告が賃借人らに対し別表二記載の本件立退料を含む合計三億三五一八万一三七三円の立退料を支払い、賃借人らが原告に対し本件建物を明け渡す旨の本件合意が原告と賃借人との間でできたことが認められ、原告と賃借人らとの間の覚書による右立退料の支払に関する合意内容が、賃借人らは、原告の賃貸借契約の解除の申入れに合意し、原告は賃借人らに対し、平成元年一〇月から平成二年六月までの間に、賃借人らに賃貸していた建物の明渡しに伴う費用を支払い、賃借人らは指定の期日までに原告に対し賃借している本件建物を明け渡し、返還するというものであることは、本項(二)冒頭部分記載のとおりである。

右認定の事実によれば、本件立退料は、都市部の営業用建物の賃貸借の合意解除に際し、事業者である賃借人らに立退料として支払われたものであり、右の補償金としての性格を有することは明らかであるが、その額が高額であることも考え併せると、借家権の対価としての性格を併せ有する可能性も否定できない。しかし、本件立退料の中に借家権の対価とみるべき部分があるとしても、その借家権はあくまでも観念上のものであり、本件立退料が右の補償金としての性格をも有することからすれば、本件建物の賃借権は、右認定のとおり、あくまでも原告と賃貸人らとの合意解除により終了し消滅したものとみるほかはなく、原告と賃借人らとの間で本件建物の賃借権の売買がされたということはできない。また、本件で賃借人らに借家権なる権利が発生していると観念できるとしても、それは右合意解除により消滅するものであり、これが合意解除による本件建物の明渡しという取引に際して原告に移転するとみるのは困難である。

そうすると、本件建物の賃貸借契約は、別表二「覚書締結年月日」欄記載の日に消滅したものと認めるほかない。したがって、本件立退料の支払を受けて本件建物を明け渡す行為をもって、資産につきその同一性を保持しつつ他人に移転することとみることはできず、右の行為は「資産の譲渡等」には該当しない。

4 以上のとおりであるから、本件立退料の支払により賃借権を消滅させる行為は課税仕入れに該当せず、当該支払いに係る消費税相当額を控除対象仕入税額とすることはできない。

三1  ところで、消費税は、各取引段階の附加価値を課税標準として課される附加価値税の性質を有する多段階一般消費税であって、各取引段階において附加価値の移転、付与がある場合は課税の問題が生じるが、附加価値の移転等がない場合は理論上課税の問題は生じないことは先に述べたとおりである。

この点に関し、原告は、賃借人らは本件建物の借家権の維持のために種々の努力をしてきたのであり、明渡しの際にそれまでの附加価値が立退料の金額と賃借人が既に支払った権利金等の金額との差額として顕在化するのであって、附加価値が生じる以上、本件立退料の支払と引換えに本件建物を明け渡す取引は、「課税仕入れ」(消費税法二条一項一二号)に該当する旨主張する。

しかしながら、本件立退料が、建物の賃貸借契約の合意解除による明渡しの際に一般に支払われる補償金としての性格のほかに、借家権の対価としての性格を有するとしても、その借家権はあくまでも観念的なものであって、右建物の賃貸借契約の合意解除により消滅するものであり、借家権自体の価格の上昇分と附加価値が合意解除による本件建物の明渡しという取引に際して賃貸人に移転するということができないことは、前記二3で説示したとおりであり、借家権についての附加価値が立退料として顕在化するというだけでは、右の取引をもって消費税法上の「資産の譲渡」に該当するということはできない。

したがって、原告の右主張は採用できない。

2  また、原告は、建物の賃借権を賃貸人以外の第三者に譲渡した場合と賃貸人が賃借人に対し立退料を支払って建物を明け渡してもらった場合とで消費税法上差異を設ける理由がない旨主張する。

しかし、賃貸借契約を解除することなく当該賃借人の有する建物の賃借権を賃貸人以外の第三者に譲渡し、その対価として立退料等を収受する場合、その立退料は賃借権の譲渡に係る対価として受領されるものであり、右譲渡による附加価値の移転を観念できるのに対し、賃借人が賃貸借契約を合意解除し、賃貸人から立退料を受領する場合には、賃借権自体が合意解除によって消滅するため、それによる附加価値の移転を観念することができないから、両者を区別することは合理的である。

したがって、原告の右主張は採用できない。

3  原告は、所得税法上「資産の譲渡」には、資産が消滅する場合が含まれ、借家権の消滅の対価として支払われる立退料は「資産の譲渡」として扱われるところ、消費税法上も同様に扱われるべきである旨主張する。

しかし、所得税法における「譲渡所得」(同年法三三条一項)は、キャピタル・ゲインを所得としてとらえて課税するものであるところ、資産の消滅であっても、その代償たる経済的利得ないし成果が資産の譲渡による所得と異ならないものについては、譲渡所得の範ちゅうに取り入れて課税対象に取り込むべき必要性が高いことから、所得税法上は資産の譲渡の観念を拡張し、資産の消滅を伴う事業でその消滅に対する補償を約して行うものの遂行により譲渡所得の基因となるべき資産が消滅したことに伴い、その消滅につき一時に受ける補償金その他これに類するものの額は、譲渡所得に係る収入金額とされている(同法施行令九五条)のである。

これに対し、消費税法上は、前記二2に述べたような理由から「資産の譲渡」についてこれを本来の意味に解し、資産につき同一性を保持しつつ、他人に移転するという事実がない以上、資産の譲渡があったものとはみず、消費税の課税の対象としない取扱いをしているのであり、立退料の支払と引換えに建物を明け渡す取引が行われた場合において、立退料のうちに借家権の対価とみられる部分があるとしても、借家権は合意解除により消滅するものであり、右の場合に附加価値の移転を観念することはできないから、右の取引は消費税法上は「資産の譲渡」とは取り扱われないのである。

すなわち、右取扱いの差異は、消費税課税と譲渡所得課税の趣旨、課税の対象についての法律の定めが異なることに起因するものであって、何ら不合理な点はない。

したがって、原告のこの点に関する主張は採用できない。

四1  以上より、控除対象仕入税額は、本件確定申告書において原告が計上した控除対象仕入税額九六二八万二九〇〇円から、原告が支払った本件立退料に改正前の消費税法三〇条一項の規定により一〇三分の三を乗じて得た消費税相当額九七六万〇一八八円を減算した金額である八六五二万二七一二円となる(なお、被告の主張する消費税相当額九七六万〇一六五円は、本件立退料三億三五〇九万九八〇〇円につき、国税通則法一一八条一項を適用して端数処理をした後の金額三億三五〇九万九〇〇〇円を基に改正前の消費税法三〇条一項の規定により一〇三分の三を乗じたものと推測されるが、同条は、「課税仕入れに係る消費税額」につき、「当該課税仕入れに係る支払対価の額に一〇三分の三を乗じて算出した金額をいう。」と定めているところ、これは消費税法にいう課税標準(消費税法二八条一項)とは異なるものであり、「課税仕入れに係る消費税額」の計算に当たり国税通則法一一八条一項の適用ないし準用があるとは解されないから、被告の主張は理由がない。)。

そして、課税標準額(三パーセントの税率が適用されるもの)が三億二四五六万八〇〇〇円となること及び課税標準額に対する消費税額が九七三万七〇四〇円となることはいずれも当事者間に争いがないから、本件における控除不足還付税額は、前記控除対象仕入税額八六五二万二七一二円から課税標準額に対する消費税額九七三万七〇四〇円を控除した七六七八万五六七二円となる。

本件更正処分における控除不足還付税額(別表一「更正賦課決定」欄記載のとおり)は、これを上回るものであるから、本件更正処分は、法律により認められた課税権の範囲内で行われた処分として適法である。

2  期限内申告がされた場合において、修正申告書の提出又は更正があったときは、国税通則法六五条の規定により、過少申告加算税を課するものとされている。

本件に係る過少申告加算税の金額は、国税通則法三五条二項の規定に基づいて、本件更正処分により納付すべきこととなった消費税額九七六万〇一〇〇円(本件確定申告書に係る控除不足還付税額八六五四万五八六〇円から本件更正処分に係る控除不足還付税額七六七八万五六七二円を差し引いた金額。ただし、国税通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後の金額)を基に、①同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後の金額九七六万円に一〇〇分の一〇(国税通則法六五条一項)を乗じて得た金額九七万六〇〇〇円に、②右九七六万円から五〇万円を控除(国税通則法六五条一項)した金額九二六万円(国税通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に一〇〇分の五(国税通則法六五条二項)を乗じて得た金額四六万三〇〇〇円を加算した一四三万九〇〇〇円となる。

本件賦課決定処分における過少申告加算税額(別表一「更正賦課決定」欄中の「過少申告加算税」欄記載のとおり)はこれと同額であるから、本件賦課決定処分は適法である。

五  結語

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青桝馨 裁判官増田稔 裁判官篠田賢治)

別表<省略>

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